【起業物語】「唯一の勝ち筋が起業だった」借金・破産・挫折を経て辿り着いた、学生起業のリアルと生存戦略

「ミクシィの笠原さんやガンホーの森下さんのように、日本を動かす可能性が俺にもあるかもしれない」

かつてそう信じ、20歳の若さで1000万円の出資を受けて学生起業に挑んだものの、待っていたのは資金ショートとオフィスの強制退去、そして借金返済の日々――。

そこから這い上がり、現在は一般社団法人ユースキャリア教育機構および株式会社Specialist Entertainmentの代表を務める宇野晋太郎氏。

なぜ彼は失敗しても、なお起業を選んだのか。
そして、なぜ「会社員経験」を強く推奨するのか。

今回は、3度の起業経験を持つ起業家だからこそ語れる「学生起業の光と影」、そして「失敗しないためのキャリア戦略」について、自身のルーツを紐解きながら語ってもらいました。

第1章:月550時間労働の果てに掴んだ「2度目の起業」

── まずは現在の活動について教えてください。

宇野:現在は、一般社団法人ユースキャリア教育機構と、株式会社Specialist Entertainmentの代表を務めています。

この一般社団法人を立ち上げたのは、2022年のことです。もともと2018年に2回目の起業として株式会社を設立し、コミュニティ事業やキャリア支援を行っていました。

その事業が軌道に乗ってから約4年が経ち、より永続的かつ発展的に事業を進めていくために、ある種のスピンオフのような形で非営利型の法人を作りました。

当時は「営利か非営利か」という考えよりも、「とにかく起業して売上を作るなら株式会社だろう」という感覚でスタートしましたから、株式会社としてしっかり収益基盤を作った上で、教育という分野により深くコミットするために法人格を分けた形ですね。

── 2018年に株式会社を立ち上げた際、宇野さんはまだ会社員だったそうですね。

宇野:はい、ゴリゴリのサラリーマンでした(笑)。当時はスマホゲーム会社のプロジェクトマネージャーとして、約200人のチームを抱える責任者をやっていました。

200人のチームに対してプロジェクトマネージャー(PM)はたったの2人。そのうちの1人が僕でした。

正直、仕事は「デスマーチ」の真っ只中で、会社だけで月に400時間くらい働いていたと思います。それに加えて、今のユースキャリアの前身となる個人事業もやっていたので、そちらでさらに150時間。合計すると月550時間くらい働いていましたね。

── 550時間……! 単純計算で毎日18時間労働です。いつ寝ていたんですか?

宇野:本当に寝る間を惜しんで、という言葉通りの生活でした。朝まで働いて、その足で新宿区の法務局に登記書類を出しに行って、また出社する……みたいな。

「なぜそこまでして?」と聞かれることもありますが、会社員として担当していたゲームがヒットして、App Storeのランキングトップ5に自分の作ったゲームが常に入っている状況を見たときに、「あ、夢が叶いつつあるな」と感じてしまったんです。

燃え尽き症候群になりかける恐怖感があって、「早いうちに次の種を植えなければ」という焦燥感から、一番忙しい時期にあえて会社を作りました

第2章:会社員時代は「泥棒」になれ

── 会社を辞めてからではなく、「働きながら起業する」ことを選んだ理由は?

宇野:僕個人としては、「会社にいながら起業準備をする」のが一番理想的だと思っています。よく「会社にバレるんじゃないか」と心配する学生もいますが、設立したばかりの無名な会社なんて、そう簡単にはバレません(笑)。

それ以上に大きいメリットは、給料をもらいながら、経営に必要なスキルを盗めるということです。

会社を作ると、今まで総務や経理がやってくれていたことを全て自分でやる必要があります。「経理処理はどうするんだ?」「契約書はどう作るんだ?」「備品の発注フローは?」……これらを独学でやるのは大変です。

でも会社にいれば、経理部の動きを見たり、法務部に質問したりして、実務を学べる。「盗めるものは全て盗んでから卒業する」のが鉄則です。

── 具体的にどんなことを「盗んだ」のでしょうか?

宇野:例えば「法務」ですね。会社員時代、取引先のアニメ制作会社との契約書をチェックしていた際、法務部に「なぜこの条項が必要なんですか? 相手が嫌がりませんか?」と聞いたことがあります。

すると、「これは下請法で相手を守るためでもあるし、会社のリスクヘッジとして絶対に譲れないラインなんだ」と教えてくれました。

もしこれを学ばずに起業していたら、相場から外れた契約をしてしまったり、無知ゆえに法的なトラブルに巻き込まれたりしていたでしょう。

他にも、総務部がやっている「レターパックの補充」や「備品管理」といった一見地味な業務が、いかに会社の生産性を支えているかを知れたのも大きかったです。

「辞めてから学ぼう」では遅い。「あの資料、前の会社にあったな」と思っても、辞めた後にもらうことはできませんから。

第3章:「1000万円の幻想」と渋谷での転落

── ここまで聞くと順風満帆に見えますが、実は大学生時代に一度、大きな失敗を経験されているんですよね。

宇野:はい。大学2年生、20歳の時に初めて起業しました。

当時、藤田晋社長の『渋谷で働く社長の告白』という本が爆発的に流行っていて、「若者は渋谷で起業しなければならない」という謎の強迫観念がありました(笑)。

運良く投資家から1000万円の出資を受けられたんですが、完全に「無敵モード」でした。「こんなに夢があって応援されている俺が、失敗するはずがない」と本気で思っていたんです。

── 1000万円という大金を手にして、どう使ったのでしょうか。

宇野:それが酷いもので……。当時の投資家から、「サイバーエージェントが入っている渋谷のマークシティにオフィスを構えろ」と言われ、言われるがままに契約しました。

これでまず500万円が消えます。

次に、「いいホームページがないと客が来ない」と言われ、紹介された制作会社に200万円で発注。

まだ事業も始まっていない10月の時点で、手元にはもう300万円しか残っていませんでした

── 事業内容は決まっていたのですか?

宇野:「大学生なんだから学生向けのビジネスをやれ」と言われ、人材×ITの領域で動いていました。

有名な経営者の方々……ミクシィの笠原さんやガンホーの森下さんなど、そうそうたる方々を招いてセミナーを開いたりもしました。「日本を動かす人たちと繋がっている俺、すごい」と酔いしれていましたね

── 学生起業家としてイキり散らかしていた(笑)。

宇野:そうです(笑)。でも実際は、夜通し働いて、大学の授業中は完全に「睡眠時間」として使っていました。先生に「宇野くん」と呼ばれたら、中国語で「到(ダオ)!=はい!」と返事だけして、あとは爆睡する。

そんな感じで過ごしていましたが、実は売上はほとんど立っていなかったんです

実態は、Facebook運用のコンサルを請け負うなどして食いつないでいましたが、これが酷い契約で……。 「単発10万円で3ヶ月間更新し続ける」という、謎の買い切り契約だったんです。月額ですらない。

稼働すればするほど時給が下がっていく地獄のようなモデルでしたが、当時の僕は「とりあえず仕事がもらえるなら何でも受けます!」という状態で、ビジネスの相場観すら分かっていなかったんです。

当然、年間売上は50万円にも満たず、大学3年生の7月には資金がショートしました。

── その後はどうなったのですか?

宇野:2ヶ月連続で家賃が払えず、オフィスを強制退去になりました。

自分たちのデスクが外に出されて、それをエレベーターで運び出す時の惨めさは今でも忘れられません。「この机、どこに持っていけばいいんだ?」と呆然としながら搬出作業をしていました。

借金も残り、まさに「破産」状態でした。

借金を返すためには、一度は嫌いになったビジネスをもう一度学ぶしかありませんでした。学んだことを活かして、「街コン(合コンイベント)」の運営などで必死に小銭を稼ぐ日々でした。

第4章:SEGAは「夢の国」じゃなかった

── 挫折を経て就職活動をし、SEGAに入社されますね。そこでは順調だったのでしょうか?

宇野:いえ、実はSEGAも1年足らずで辞めています。 僕にとってSEGAは、子供の頃に親戚のおじさんからセガサターンやドリームキャストをもらって遊んでいた、まさに「遊園地」のような存在でした。「ディズニーランドに入社する」くらいのワクワク感で入ったんです。

ところが、入社早々、上司に「カラスは何色だと思う?」と聞かれ、「黒です」と答えたら、「違う、俺が白いと言ったら白いんだ」と言われて……。「あ、ここは俺みたいな狂った人間には合わないな」と悟ってしまいました。

配属先のジョイポリスでは、年下のアルバイトの女の子に「宇野さん、レジはこうやって打つんですよ」と手取り足取り教わりました。かなり辛い出来事でした。。。

その数カ月後にSEGAを辞め、フリーランスとしてWebマーケティングなどで、自身が暮らしていくには充分な額は稼げるようになりました。

第5章:「お前は天才じゃない」父から突きつけられた現実

── そこからなぜ、もう一度就職しようと思ったのですか?

宇野:きっかけは25歳の時、実家の岐阜に戻ったときのことです。

実家は運送業と呉服店を営む経営者の家系なのですが、父に「会社を辞めてフリーランスでやっている」と話したら、ひどく詰められまして。

父は以前、僕の仕事ぶりを見たことがあったんですが、その時僕は取引先への訪問に「手土産なし」「服装はジージャン」で行っていたんです。

父はそれを見て、「お前はビジネスの基礎が全くなっていない」と見抜いていたんですね。

「お前が天才ならそれでもいい。でも、自分が天才だと思わないなら、一度ちゃんとした会社に入って基礎を学べ。スケールしない我流のビジネスで満足するな」

そう突きつけられました。

── 痛烈ですね……。でも、それが図星だった。

宇野:ぐうの音も出ませんでした。

上京した当時、隣の席の奴が英語ペラペラの帰国子女だったんです。「どうやって覚えたの?」以前に、僕の地元・岐阜には帰国子女なんて存在しなかった(笑)。彼らを見て「あ、これは生物としての種族が違うな」と絶望しました。

研究者も無理、スポーツも無理。消去法で残った唯一の勝ち筋が「起業」だったのに、それも我流では通用しなかった。

俺は天才じゃない」。
そう認めて、もう一度就職することを決めました。

再就職活動では、サイバーエージェントグループやDeNAを受けました。日程調整で「いつ空いてる?」と聞かれ、「今日のこの後も空いてます」「明日も全日空いてます」と即レスを。面接がトントン拍子に進み、わずか2日でどちらも内定をもらいました。

さらに「いつから働ける?」と聞かれ、「今からでも」と答えた結果、公式な入社日を待たずに途中から業務委託として働き始めました。

そこで「25歳の新卒」として、イチから叩き直された2年間がなければ、今の成功は絶対になかったと思います。

第6章:学生からのQ&A「メンタル」「休学」「人間関係」

── ここからは、学生からよく寄せられる質問にお答えいただければと思います。まず、「メンタルが弱くて起業できるか不安」という悩みについて。

宇野:メンタルなんて、弱くてもいいんです。僕もめちゃくちゃ弱いですから。

大事なのは、「メンタルが弱くても、やるべきことをやる」こと。

才能がなくても、頭が飛び抜けて良くなくても、努力が正しく報われるのがビジネスの世界です。メンタルの弱さを言い訳にせず、足を止めないことが重要です。

── 学生時代はどんな人と関わるべきですか?

宇野:「憧れのロールモデル」を探すよりも、「自分より圧倒的に優秀で、勝てない相手」と出会うべきです。

そして、「あ、この分野では勝てないな」と絶望してください。これはネガティブな意味ではなく、スポーツで言う「ポジション決め」です。

例えばサッカーなら、自分がフォワードなのかゴールキーパーなのかが決まらないと、練習メニューが決まらないですよね?

「研究ではあの天才に勝てない」「英語では帰国子女に勝てない」。そうやって選択肢を消去していくことで、自分が戦える場所(ポジション)が絞られていきます

「あれもこれも」と憧れるのではなく、自分のポジションを確定させてくれるような、圧倒的な実力差を見せてくれる人と関わるのが一番です。

── 次に、「休学して起業したい」という学生も多いですが、どう思いますか?

宇野:厳しいことを言いますが、学業と両立できない能力なら、起業はやめたほうがいいと思っています。

会社員になれば、週40時間以上拘束されるのが当たり前です。それに比べれば、学生の時間はまだ余裕があるはず。授業の合間や睡眠時間を削れば、時間は作れます。

「時間がないから休学する」というのは、逃げです。1年や2年ならいいかもしれませんが、成功するまで10年も休学するわけにはいかないですよね?

リスクを最小限に抑えるためにも、まずは学校に通いながら、親を安心させつつ(あるいは上手く隠しつつ)、死に物狂いで事業を作る。それくらいの覚悟とタイムマネジメント能力がないと、経営なんてできません。

── 最後に1つ。結局、学生起業をしてよかったと思いますか?

宇野:よかったか悪かったかで言うと、避けられなかったという感覚に近いです。

東京に来て「本物の天才」たちに囲まれた時、凡人の自分が何かを成し遂げるための「唯一の勝ち筋」が起業でした。たとえ失敗するという結末が事前に分かっていたとしても、当時の僕は間違いなく起業を選んだと思います。他に選択肢がなかったので。

だからこそ、これから起業する人にも「やるしかない状況」や「自分の勝ち筋」を見つけてほしいですね。

第7章:最後のメッセージ

── ありがとうございました。最後に、これから起業を目指す学生に向けて一言お願いします。

宇野:起業の形は千差万別です。学生だからできることもあれば、僕のように一度社会に出て「ビジネスの基礎」を叩き込んでからの方がうまくいくこともあります。

お金も人脈もない、あるのは「やるしかない」という思いだけ。そんな状況でも、正しい戦略と覚悟があれば道は開けます。

僕自身、1000万円を溶かす失敗も、会社員としての挫折も経験してきました。だからこそ伝えられるリアルな「生存戦略」があると思っています。

もし、最初の一歩で迷っているなら、ぜひ一度ユースキャリアに相談に来てください。失敗しないための、あなただけの勝ち筋を一緒に見つけましょう。

(取材・文:ユースキャリア編集部)

ユースキャリアへの相談はこちら